平成17年(う)第718号

控訴趣意書(被告人)

2005年8月25日
大阪高等裁判所第5刑事部 御中

被告人 井上昌哉

上記被告人に対する京都市屋外広告物等に関する条例違反被告事件につき、被告人自身の控訴趣意は以下に述べる通りである。

第1 控訴申し立ての趣旨

 原判決は、「適用違憲」や「可罰的違法性」等の解釈において法令適用の誤りを犯している。また、以下に詳しく述べるように、事件当時の状況、被告人における違法性の意識、その可能性の有無、あるいは逮捕時における逃亡のおそれ、住居不詳、等々の諸点に関して多くの事実認定の誤りを犯している。これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は到底破棄を免れない。被告人は断じて無罪である。

第2 表現の自由

 原審の第1回公判における被告人罪状認否や、第7回公判における被告人最終意見陳述を精読すれば明らかなように、被告人は、京都市屋外広告物条例が文面において違憲であると主張したことは一度もない。ただ、今回の事件のように常識や社会通念では当然許容されるような行為まで、本条例によって処罰しようとすることは、過度に広範な規制として適用違憲であることを免れない、と主張しているだけである。
 ひるがえって原判決を検討してみると、文面違憲の主張について、憲法の保障する表現の自由も公共の福祉によって制限を受けるのであり、本条例もその目的、すなわち「都市の景観の維持及び向上」のための必要かつ合理的な規制手段であるから合憲である、と長々と判示している。また適用違憲の主張については、(1)「本条例で定める刑罰は比較的低額の罰金刑である」こと、(2)「行政措置と刑罰とはそれぞれ目的を異にする面もあるから、行政措置が必ず刑罰に先行しなければならない関係にあるとは解されない」こと、(3)「行政命令のみで対処するか、それともその実効性を確保するため行政命令に従わない場合にはじめて刑罰権を発動させ得るとするか、はたまた、直ちに刑罰規定をもって臨むことができるようにするかは全く立法政策の問題である」こと、の3点を挙げて直ちに合憲であるとしている(4頁)。しかし、
 (1)罰金7万円ははたして「比較的低額」であろうか?(それは裁判官に保障された収入からすれば微々たるハシタ金にすぎないかもしれないが、被告人にとっては月収をはるかに上回る大金である。)また、仮にそれが低額であるとしても、比較的低額の罰金刑であれば、なぜ刑事罰をもって処断することが許されるのかが全く理解できない。たとえそれが1万円の罰金であっても、執行猶予がついたとしても、有罪は有罪であって、ひとつの行為に対する圧倒的な否定的価値判断の表明であることには変わりがない。また、
 (2)今回の場合、行政措置と刑罰とはともに「都市の景観の維持及び向上」という同一の目的、保護法益を持つのではないか?違いは単にそれぞれの実効性の有無にしかないのではないか?それに前段と後段のつながりも良く分からない。なぜ目的が異なれば、刑罰を先行させることが許されるのだろうか?刑罰の謙抑主義から言っても、行政措置を先行させるのが当然ではないだろうか。これは表現の自由という、憲法が保障する諸権利の中でもとりわけ重要な権利が問題となっているのであるから、その規制手段は当然、必要最小限のものでなくてはならないのではないだろうか。それに、
 (3)規制方法を行政命令にするか刑罰にするかは全て立法政策の問題である、としているが、それでは何のために裁判所があるのだろうか?言うまでもなく裁判所は違憲審査権を持つ唯一の機関であって、条例が適用される際に、「国民の基本的人権を不当に侵害しないように留意しなければならない」(屋外広告物法15条)とあるように、憲法に抵触するような過剰な規制手段の行使に際して、厳格な事後審査を行うためにあるのではないだろうか。行政命令を上回る刑罰権の行使に際しては、これによほど慎重な利益衡量を行う義務があるのではないだろうか。
 総じて(1)〜(3)の理由においては、単なる注意や警告、あるいは除却命令、さらには微罪処分といった、より制限的でない他の選び得る手段がいくらでも存在したにも関わらず、なぜ刑罰権をもって被告人を処断する必要があったのか、という問いに対する満足な回答がなされていたとは到底言い難い。原判決を何度読み返しても、「表現の自由」と「都市の景観」について、いかなる利益衡量を行った結果、その結論を得たのかという思考プロセスを全く読み取ることができない。ただ、そのような衡量が「必ずしも容易ではない」(3頁)と述べるばかりである。文面において合憲であるから、それを構成要件該当行為に直ちに当てはめてもまた合憲である、とする原判決の論証はあまりに粗雑かつ甚だしい没論理ではないだろうか。不当にも原判決では、適用違憲の可能性に全く考慮が払われていない、と言わざるを得ない。被告人は、今回の裁判を通じて、大分県屋外広告物条例違反被告事件における伊藤正己裁判官の補足意見(最三小判昭62・3・3刑集41・2・15)をつねに参照し続け、これを思考のメルクマールとしてきた。控訴審の裁判官諸氏におかれては、必ずこれを再度読み返した上で判決文を書いて頂けるよう、心から切望する次第である。

第3 可罰的違法性

 法益の比較衡量に入る。既に述べたように、本条例の保護法益は「都市の景観の維持及び向上」であった。ところで原判決は、この「都市の景観」に関して、「その時代、その地域の人々の、その住む街を美しくしよう、少なくとも現状より汚くはすまいという素朴な、しかし、到底否定し去ることのできない感情を基礎として、良識的に決定される、いわゆる社会通念を基準として判断されるもの」(3頁)であると述べている。この文面が、検察官の論告から一字一句違わず盗用されていることの度し難い安易さの是非は措くとしても、このような判断の前提となっている、「ビラが貼ってある景観は汚い」とする観念の根拠はいったい何なのだろうか?
 被告人自身、街中の電柱にサラ金や不動産の広告がべたべた貼ってあったり、繁華街の電話ボックスにピンクビラがびっしりと貼ってあったりするような情景を決して美しいとは思わないし、むしろ不快に思うことが多い。そしてこれらを何らかの実効性ある方法によって取り締まることにさしたる異議をはさむ者ではない。(被告人はビラ貼り行為一般を、絶対的な価値を持つものとして、常に「公共の福祉」に優先させるべきだ、などと主張しているわけではない。)しかしながら一方で被告人は、大学キャンパスの周囲に、さまざまな学生演劇のビラ、音楽ライブのビラ、講演会のビラなどが節度を持って貼られているのを見ると、端的にそれをとても美しいと思う。それは、これらのビラ自体がひとつの「表現」であって、そこから何らかのメッセージや思想性を、見知らぬ他者に向けて静かに訴えかけているからである、と思う。それは公共的なるもの、パブリックなものに向けて自らを差し出すささやかな身振りなのであり、他者に対する開かれを自らの生の倫理として引き受ける、その慎ましやかな態度に深く共感するからである、と思う。
 しかしなぜ被告人は、サラ金のビラをある種不快に感じ、一方で演劇のビラは好ましく感じるのであろうか?それはおそらく、憲法学において「二重の基準論」と呼ばれるものと深く関わっている。被告人の考えでは、大学とは、資本の論理とはまた別の論理が支配する場である。そこでは、学問研究や表現活動といった、いわば無償の行為、社会的には一見何の役にも立たないかもしれないが、しかし生きていく上では根源的な行為が自由気ままに行える空間である。言うまでもなく、サラ金や不動産のビラにはこのような思想性が欠如している。そこに存在する唯一の理念は、利潤の追求である。二重の基準論が要請される理由としては、(1)表現の自由の保障が民主政治のプロセスを確保するために必要不可欠であること、(2)表現の自由が個人の人格に深く関わる内的価値を持つこと、の2点が挙げられるのが常である。今回被告人が貼付したビラは、政治的な意見表明を行うビラではないから、(1)の民主主義的プロセスには関わっていない。しかしそれだからと言って、何ら厳格な違憲審査に付す必要はない、とする原判決の姿勢はあまりに短絡的かつ乱暴ではないだろうか。表現の自由が、憲法が保障する他の諸権利、例えば経済的営業の自由などよりも優越権を与えられている事情を鑑みれば、そして最高裁もまたこの二重の基準論を受け入れていることを考え合わせれば、本件における過度の規制の適用、すなわち非営利のビラに対する摘発が、(2)の個人の人格的自由を侵しているのは明らかである。のみならず、時・所・方法に関して一律に規制する内容中立的規制が、結局は大学近辺におけるビラ貼りを極度に萎縮させる効果を生み、結果として学生の自由な表現活動を著しく阻害させてしまう実情を考えると、京大近辺におけるビラ貼り規制がもたらす利益侵害は大きいと言わざるを得ない。
 さらに、ビラ貼りは歩道を歩く市民にとって、情報への容易なアクセスを可能にする点で、憲法で保障された「知る権利」の行使にとっても重要な役割を果たしている。何もビラ貼りでなくとも、例えばインターネットのように、他にも低廉かつ簡便な広告手段があるではないか、と人は言うかもしれない。しかしインターネットは、能動的に情報へアクセスしようとする人間に対してのみ宣伝効果を持つものであり、その催しにもともと興味を持たない人に対して働きかけることは決してできないのである。実際、路上を歩いていて、何気なく演劇や講演会のビラに目を留め、ふと行ってみよう、という気になることは日常的によく経験する出来事である。自ら積極的なアクセスを行わなくともおのずと情報が入ってくるメディアとして、ビラ貼りは広告媒体としてインターネットよりもすぐれた面を持つ、と言えるのではないか。また、立て看板のような独自の宣伝メディアが京大にはあるではないか、と言うかもしれない。しかし、立て看板もビラ貼りと同様、厳密には道路交通法に違反するものである。それが単に長年の慣行から広く容認されているにすぎない点では、ビラ貼りと何ら変わるものではない。それに立て看板を実際に描いてみたことのある人間には自明のことだが、描きあがった大きな看板を運搬し、あるいは撤収するためには意外と多くの労力を必要とするものである。簡便さの点においては、ビラ貼りのほうが勝っていると言えるのではないだろうか。こうしてみると、電柱や街路樹へのビラ貼りには、表現活動にとって多くの積極的な利点があることが分かる。したがって京大近辺にこのようなビラを掲示するための掲示板等が全く設置されていない現状を考えると、今回のようなビラ貼り規制が損なう利益は、極めて大きなものであると考えられるだろう。
 これに対して、ビラ貼りによって損なわれるとされる「都市の景観」という利益のほうはどうであろうか。原判決では、事件現場の電柱は、吉田神社と鴨川を結ぶ道路上にあるから、美観維持の観点から保護が必要だ、と述べている(5頁)。しかしこの両者は、共に事件現場からは距離にして500メートル以上も離れているスポットなのである。東一条交差点が、観光地として美観風致の要保護性が特に高い地域であるとは決して言えない。(それにしても「電柱が景観の一部をなしている」という判決文の意味は不明瞭である。それを言うなら、そもそも電柱の存在自体が景観を破壊しているのではないか?周知のように、欧米では電線は地下に埋設されるのが常である。)
 むしろ事件現場は、京都大学とまさに隣接する区域である。一般に、大学キャンパスの周辺において、演劇やライブ、講演会等を告知するビラが常時掲出されているということは、かつて一度でも大学というものに籍を置いたことのある者、あるいは大学の近辺に居住したことのある者にとっては、経験上およそ公知の事実であるが、殊に京大は、このような学生の自主活動がとりわけ盛んな大学として知られているのである。(例えば、今回のライブ会場であった京大・西部講堂は、関西における音楽活動のメッカとして広く知られている。)もしも原審で取調べられた証拠上、そのような事実は認められない、とするならば、京都にある任意の学生劇団や音楽サークルの代表者を証人として新たに喚問し、上記の事実が存在するか否かを直接問い質してみればよい。実際、現在これらの劇団やサークルが行っているビラの掲出方法は、きわめて整然かつ統制のとれた抑制的なものであり、決して原判決が述べるような、「かつて甚だしく乱雑に広告物が掲出されていた実情」(3頁)とは合致しないものである。またどの団体も、催しの期日が過ぎれば、すぐにこれらのビラをきれいに自主撤去し、元の状態に戻すという慣行を長年続けてきたのであり、それだからこそ、ビラ貼りが京大周辺においては地域住民に異論なく受け入れられてきたのである。その結果、いわば京大の「ビラ貼り文化」とでもいうものが創り上げられてきたということは、原審においても被告人が強く主張するところであった。
 被告人は、最終意見陳述の場において、そもそも「景観」に対する考えが日本と欧米において深く異なること、「景観」とは何より歴史的な積み重ねやそれが生み出す文化的価値によって創出されるものであること、翻って本条例には「景観」に関するいかなる理念も思想性も存在していないこと、ビラ貼りを所かまわず一律に規制することはあまりに乱暴であること、京都大学周辺においてはビラ貼りが長年の間にわたって周辺住民から許容されていたこと、ビラや立て看板が「京大文化」として親しまれ、それ自体がひとつの歴史的景観を構成していること、などを委細にわたって述べた(調書には記載されていない)。また、原審において不当にも証拠として採用されなかった被告人提出1号証について、なぜ被告人の貼った1枚の小さなビラが違法でありながら、川端警察署の掲出する巨大な横断幕、それもどぎつい黄色地に赤字で書かれた誰の目にも醜悪な広告物が合法であるのか、という素朴な、しかし極めてまっとうな問いを正面から行った。しかし原判決は、これらの問いに何ひとつ答えようとはしなかった。
 街にビラさえなければ「景観」は維持されるのか?(それは端的に、極度な清潔さを志向するファシズム心性の現れではないのか?)――被告人があえて正式裁判の場に訴えてまでも問いたかったのは、まさにこの問いであり、被告人が行った行為の意味、その社会的な倫理性とそれがなぜ有罪を宣告されるべき犯罪行為であるのか、という根本的な問いである。しかし判決文はこのような問いを須らく無視したものであったし、その意味でおよそいかなる感銘力も持たないものであった。現に、原審の判決公判の翌日、京都新聞(2005年3月15日付)は、朝刊社会面で大きくこの判決を報じ、「1枚でも『美観損ね条例違反』」と題する記事を掲載した。この事実は、たった1枚のビラを貼ったことで現行犯逮捕し、2日間留置し、罰金7万円の有罪判決を下す、という一連の司法プロセスが、一般市民の「社会通念」からも乖離していること、少なくとも多くの市民にとって、何らかの違和感を惹起させるものであったことを物語っているだろう。(もし何の違和感もないのであれば、どうして新聞記事として大きく採りあげられることがあるだろうか?)
 被告人が、本件行為が仮に構成要件に該当するとしても可罰的違法の程度には達しない、とする法的根拠については、原審第7回公判調書を精査すれば明らかであるので、ここで繰り返し再説することはしない。ただ、「本条例は、その立法趣旨、罪質及び法定刑からみて、比較的軽微な法益侵害を処罰対象として軽微な罰則を設け、もって規制の目的を達成しようとしているもの」(5頁)であるという根拠から、たとえ事件が軽微であっても、あるいは社会的相当性を持っていたとしても、その違法性は決して左右されない、という結論を導く原判決には極めて問題があろう。なぜなら、そこでは最高裁の提示する、当該行為が「法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否か」(久留米駅事件方式)という判断基準が、全くもって閑却されているからである。これを「法令適用の誤り」と呼ばずして何と呼ぼうか。
 最後に、原判決に現れている事実関係の誤認を訂正しておきたいと思う。原判決は、「平成16年7月1日付け司法巡査作成の写真撮影報告書(抄本)(甲9号証)添付の写真5葉及び同年7月1日付け司法警察員作成の実況見分調書(甲4号証)添付の写真1ないし12によれば、本件犯行現場は立て看板が林立する場所ではなく、本件電柱に演劇、ライブ等の告知ビラが常時多数貼られている状況にないことは明らかである」(5-6頁)と述べている。言うまでもないが、立て看板が林立しているのは現場から東へ20メートルほど行った東一条交差点においてであり、事件現場そのものにおいてではない。被告人が主張するのは、この東一条交差点を中心とする地域一帯がパブリック・フォーラムとして機能している、ということである。また、甲4号証添付の写真からは、当該電柱にビラの剥がされた痕跡が多数残っている事実を認めることができる。このことは、この電柱が少なくとも過去において、ビラ貼り目的のために多数回、反復して使用されたであろうことを雄弁に物語っている。多くの者によって継続的に利用されていたのであれば、どうして「ビラが常時多数貼られている状況にないことは明らか」などと拙速に断定できるのだろうか。むしろビラを貼りっぱなしにせず、期日が過ぎればきちんと撤去する、という既述の原則が守られている、と考えるほうがよほど合理的ではないだろうか。ここで第3回公判における瀬下義光証人の証言(速記録35-36頁)を検討してみると、
 検察官「被告人がこの電柱にはりつけたのは、東一条交差点を西に入ったところですが、東一条の交差点というのは、このようなライブのビラであるとか、立て看板であるとか、そのようなものが林立している場所ですか。」/瀬下証人「まあ、多くはないけど、ありますね、ビラとかそういうのは。」/検察官「一部ビラなんかがある。」/瀬下証人「はい。」/検察官「だけど、林立してはられているというような状況はなかったと。」/瀬下証人「以前はようけ見ましたけど、最近はそんな景観壊すような感じのあれはないですね。」
 というやりとりが見られる。この証言において、検察官の巧みな誘導尋問によってすぐに修正されてしまってはいるが、事件現場付近の電柱等にビラが継続的に貼られていた事実については、警察官の瀬下証人すらはっきりと認めているのである。
 さらには、原判決は「本件逮捕がなければ、更に同種の貼付行為を継続していた蓋然性は極めて強かったものと認めることができる」(6頁)としているが、なぜそのようなことが言えるのか疑問である。弁護人執筆分の控訴趣意書でも指摘されている通り、被告人が当該ビラを貼付したのは、ライブ当日のわずか3日前のことである。判決には「被告人が貼付しようと思っていたと供述する薄黄色地に印刷された同種ビラはその内の426枚」(同)ともあるが、そもそもたった3日間でそんなに多数のビラを街中に貼れるわけがない。それに供述によれば、被告人は事件直前に30枚程度のビラを西部講堂付近に貼付しているのであって(それらは全て京都大学の構内および外壁に貼られたもので本条例には違反していない)、「会場案内」としての必要性は既に満たされているわけだから、もうそれ以上、他の場所にビラを貼るべき積極的な理由など存在しないのである。そもそも本件ビラ貼付の目的は、毎年恒例の江州・河内音頭ライブが、急遽前年とは異なる会場に変更となったこともあり、大阪方面から来場するお客さんが道に迷わないようにするためであった。この目的のために、会場周辺に必要最小限度の案内ビラを貼付しておくことは、主催者にとってごく当然な、およそ正当な方法手段であるとは言えないだろうか。
 あるいは、「広告物は一定期間継続して表示されるものであるから、時間の経過とともに汚れたり、破損したりすることもあり、ビラの上下の各辺の一部をガムテープを用いて電柱に貼付したことは、周囲の環境と調和しがたいと言うべきものである」(同)とも原判決は判示している。これも既に述べたように、当該ビラの掲出期間はわずか3日にすぎず、このような短期間においてビラが急激に汚損することなど通常考えられないのである。それに判決文では、いったいどのように貼付すれば「周囲の環境と調和」していることになるのかが全く不明である。(透明なセロテープや両面テープなら良かったのだろうか?)ガムテープを用いたのは、掲示期間中に剥がれないようにするための配慮であったし、また上下2箇所を留めたのは、ライブ終了後に撤去を容易にするためであった。したがってその掲出の様態は至極平穏かつ控え目であり、周囲の環境と決して調和し難いものでもない。

第4 故意と違法性の意識
 
 さて、事件当時、被告人には自己が違法な行為をしている、という認識があったのだろうか。原判決では、供述調書における「電信柱という公共物にむやみに広告ビラを貼ったりすることが、常識として許されないということは分かっていました」(乙5号証)、「モラルとしていけない行為であることは分かっていました」(乙4号証3項)、「私は今回の行為が法律に違反するということは十分に分かっていました。」(乙4号証9項)、という3つの記述を採り上げ、被告人が本件行為について違法の認識を有していたことは明らかであるとしている(6-7頁)。しかし乙4号証および乙5号証は、次章「第5」でも詳しく述べる通り、違法な逮捕と留置による長時間の取調べの結果、作成されたものであるから、そもそもその任意性と信用性には大きな疑いがある。殊に、「違法の認識があった」と被告人がはっきりと供述する、藤野克義作成による供述調書(乙4号証)については、被告人が徹夜状態の後に、疲労困憊した状況において作成されたものであるから、その任意性を強く否定すべきところのものである。
 実際、そればかりでなく、被告人には一刻も早く釈放されねばならない特別の事情があった。それは、当該の「江州・河内音頭ライブ」を3日後に控え、その主催者である被告人には、音響機材の手配、舞台設営の準備、出演者との連絡、等々といった仕事が山積していたのであり、もしこのまま勾留され続けたとしたら、ライブの開催はほぼ絶望的な事態なのであった。多くの観客が楽しみにしているイベントを、被告人の個人的な事情から一方的に中止することは、まさに耐え難いことである。このような状況の中で、突然、強制的に身体の自由を奪われた被告人にとって、一刻も早く取調べから自由になりたい、何とかライブを開催したい、と考えるのはごく自然なことではないだろうか。そうした時に、「罪を認めて反省しないなら、ここから出すわけにはいかない」等々の(直接的あるいは心理的)圧迫を加えられたとしたら、どうして被告人はこれに逆らうことができるであろうか?たとえそれが自らの意志にも、そして事実にも、明確に反するものであったとしてもである。
 被告人の供述調書を時間軸を追って精読するなら、その供述が短時間のうちに変遷しているのは極めて不自然である、と断ぜざるを得ないだろう。逮捕から時間が経てば経つほど、違法の認識に関する被告人の供述は変容の度を深めているのである。調書を注意深く読めば、あるいは藤野証人の証言(第4回公判速記録)を細かく検討すれば、上記の圧迫の痕跡を発見することはさほど困難ではないはずである。その委細については原審の最終意見陳述において述べたので、敢えてここで繰り返すことはしないが、控訴審においては必ずや各証拠が慎重に精査されることを被告人は期待している。
 また、原判決は、「更には、被告人は、当公判廷において「事件当時、ピンクチラシ等の有害ビラを繁華街の電話ボックスや電柱などに貼れば、何らかの条例によって処罰されるであろう程度の曖昧な認識を持っていた。」と供述していること等から、被告人は本件行為について違法の認識を有していたことは明らかである」(7頁)としているが、「繁華街でピンクチラシを貼ること」が、「学生街で非営利ビラを貼ること」と、どう直接結びつくのかが分からない。両者に共通するのは「ビラ」「電柱」および「貼る」という行為だけであり、その様態も、行為の社会的意味も、全くもって異なるものである。前者は社会通念上、およそ認容されているとは言い難いが、後者は常識や社会通念の範囲内に収まるごく自然な行為である。実際、迷子になった飼い犬を探すためにビラを電柱に貼ったり、葬儀の会場案内のために道順を表示したり、町内会の催しの告知をポスター等にして掲示したりすることは、一般の市民であれば、誰でもがごく日常的に行っている行為である。しかしいったい誰が、日常的に電話ボックスへピンクチラシを貼ったりなどするだろうか?
 この意味で、原判決が「違法性の認識があったといえるためには、行為者の心理に自己の行為が法規範の基礎におかれている国家、社会的倫理規範上許されないものであるということが漠然とでも表出されていれば足りる」(7-8頁)とするのは失当である。行政犯における故意の成立においては、当該行為が違法であり、してはならない行為であると意識するための「意味の認識」までを要求するのであり、その点で、「本条例違反等の行政犯においても、法規が定める構成要件に該当する事実を認識していれば故意として足り、それが法的に禁止されているか否か、また、具体的にいかなる法規のどの条項に違反するかなどの認識までは不要である」(8頁)とする原判決は、「法令適用の誤り」を犯していると言わざるを得ない。
 さらに今回の事件では、被告人が違法性の意識を持つ可能性があったのかさえ、疑わしいと言わざるを得ない。その根拠としては、(1)事件現場の周囲に、電柱へのビラ貼りを禁止する旨の表示が全くなかったこと、(2)被告人提出2号証から明らかなように、京都市では過去5年間において非営利のビラ貼りで摘発された事案が(本件を除くと)わずか2件であったこと、(3)事件現場の東一条交差点付近では、電柱や街路樹へのビラ貼りが広く恒常的に行われていたこと、(4)非営利のビラをその規制対象に含むかどうかは、全国各地の条例によってまちまちであること、(5)京都市屋外広告物条例においても、その施行規則(第4条第6号)では、非営利の祭礼等における案内ビラであれば、表示期間さえ明記しておけば罰則は適用されないという例外規定を設けていること、(6)本条例の規制対象や規制区域に関する規定が極めて煩瑣にわたっており、取締りを行う現場の警察官でさえ、その内容を把握していないこと(第3回公判速記録29頁、第4回公判速記録27-28頁)、(7)本条例自体が主として広告業者向けに作られており、市民に対する内容周知は殆ど行われていないこと、等々の事情が挙げられる。
 このような状況の下では、被告人が電柱にビラを貼ることが、何らかの法的規範を犯している、という意識を持つことはほぼ不可能だったのではないだろうか。だとすれば、被告人には当該行為を思いとどまる機会が与えられていなかったのだから、被告人に何ら落ち度はないので非難可能性はなく、責任が阻却されることになる。また、このような判断には、事件当時の被告人が有していた法律に関する知識の多寡が問題になる、とされるかもしれない。しかし被告人は文学部を卒業した人間であり、事件当時、法律学の領域については全くの無知蒙昧であった。人文学を志す者の常として、いわゆる「実学」には全く興味も関心も抱いてはいなかった。今でこそ、この裁判のために多少とも法律を学び、憲法学においては「表現の自由」との関係でビラ貼り事案が幾度も問題となったことを知ってはいるが、事件以前には知る由もなかった。
 要するに被告人には、いかなる反対動機の形成可能性もなかったのである。

第5 違法な逮捕・抑留

 今回の現行犯逮捕には、本当にその必要性ないし相当性が存在したのだろうか。断じて否である。本件における諸般の事情を総合的に考察すれば、強制処分に踏み切ったことが、社会通念に照らしても明らかに不穏当なケースであったことは明らかである。その理由としては、(1)被告人には逃亡のおそれが存在しなかったこと、(2)職務質問当初、すぐにビラを剥がすと申し出ていたこと、(3)また後日あらためて出頭する旨も述べていたこと、(4)川端警察署ではなく、東一条交番における事情聴取になら応ずる姿勢を示していたこと、(5)被告人の氏名・住居不詳などの事情も介在しなかったこと、(6)罪証隠滅のおそれもなかったこと、(7)事案が極めて軽微なものであること、等が挙げられる。
 それにしても、被告人には本当に「逃亡のおそれ」があったのだろうか?原審で繰り返し述べたように、職務質問当初から、被告人は自己の運転免許証を警察官に手渡し、自己の氏名と住所を明らかにしていたのである。そして瀬下証人の証言からも明らかなように、この免許証は同僚の警察官である大石氏が終始、被告人が川端署に引致されるまで保持していたのである(第3回公判速記録21頁)。実際、自分の免許証を警官に渡したまま逃走するというような行為は、通常の合理的な思考法からはおよそ不可解としか言いようがない。(例えば飲み屋で支払いをするときに金が足りなくなったら、同様に免許証を店主に手渡すであろう。それは、後日必ず支払いに来るという意思表明であって、もし飲み代を踏み倒そうとするのなら、そんな行為を敢えてするわけがない。)
 事実、現行犯人逮捕手続書(甲11号証)には、当初被告人がライブ終了後に改めて出頭する旨を申し出ていたことがはっきりと記載されている。したがってここからは、被告人が当初から事情聴取に応ずる姿勢を見せていたこと、決して捜査への協力を拒もうとはしていなかったという事実が明瞭に浮かび上がってくる。免許証を手渡したのは、何より自らの身元を明らかにすることによって、後日の出頭を確実に保障するという動機によるものに他ならない。ところが警察官は、後日の出頭を認めず、さらには東一条交番での事情聴取も拒否して、川端警察署で取調べを行うことを頑として主張し続けたのである。このことは、
 検察官「それに対して、被告人は、どうでしたか。」/瀬下証人「被告人は、東一条交番やったら行くというようなことを言いますので、それでも結構やけど…。」/検察官「じゃあ、あなたが、東一条の交番でもいいですよというのは、被告人が、東一条交番なら行くと言ったので、そのように言ったわけですか。」/瀬下証人「そうです。そこでもいいですけど、狭いし、前から、この辺は京大関係の人がよく通るから、それでもいいんですかというようなことで、私は返しました。」(第3回公判速記録12頁)
 というやりとりからも窺われる。しかし事件現場から東一条交番までの距離は150メートル、それに対して川端警察署までの距離は1キロもあるのである。同じ事情聴取に応ずるなら、出頭距離の近いほうが手間が省けて好都合であると誰しもが考えるのは当然ではないだろうか。当初から警察官が東一条交番で良しとするなら、そもそもこのような逮捕には至らなかったのではないだろうか。(彼が執拗に川端署へ行くことにこだわり続けた理由については、いまだに被告人にとって大きな謎である。)
 ところで原判決では、「同証人(=瀬下証人)は過去の経験から、運転免許証を警察官に渡したまま逃走する人もいることを知っていたこと」(9頁)を理由に、被告人に逃亡のおそれがあった、と事実認定している。しかし、そのような突飛な行動に出る短絡的な人間(はたしてそんな者が本当に実在したのだろうか?)と、性格も置かれた状況もおよそ異なる被告人を、ここで十把一絡げに同一視する理由が全く分からない。被告人は逮捕当時、激高していたわけでもなく、ましてや暴れたわけでもなく、終始冷静に、理性的に応答していたのである(このことは速記録からも明らかである)。
 あるいは原判決は、被告人が「自転車にまたがって右足をペダルにかけたまま自転車をちょっと進めてその場を立ち去りかけた」(同)という事実認定も行っている。仮にこれが事実であるとしても(被告人には「立ち去ろうとした」記憶は全くないがここでは措いておく)、証拠上、この時以後、逮捕されるまでの間、被告人は一度として逃げようとするそぶりを見せたことはないのである。そしてこのこと以外に、警察官が主張する「逃亡のおそれ」の具体的な根拠としては、被告人が「自転車にまたがったままであったこと」「ペダルに足をかけていたこと」の2点しかないのである。このような微弱な根拠には、現行犯逮捕に踏み切るだけの切迫性や緊急性は、全くと言っていいほど感じられないだろう。
 また原判決は、「被告人は、京都大学の職員と名乗っていたが、同免許証の住所は京都大学吉田寮となっていたので、同寮には京都大学の学生だけしか住んでいないとの認識を持っていた同証人は被告人の住居について不審を抱いたこと」「その後、同証人の応援要請によりかけつけた警察官が同寮の部屋番号を尋ねたら、「部屋の番号はない。」と答えていたこと」(同)の2点を挙げ、被告人の住居が明らかでないから逮捕は違法ではない、とした(10頁)。しかし事件当時、被告人の住居について「不審を抱いていた」から逮捕した(第3回公判速記録10頁)、とする瀬下証人の当初の証言は、その直後に被告人自身が行った反対尋問によって、決定的に突き崩されているのである。
 被告人「そうすると、あなたは、僕がそこ(=吉田寮)に住んでるか疑問であったにもかかわらず、それについて何も捜査してないんですか。」/瀬下証人「それは、免許証の関係はしてません。だから、言うたでしょう。逃走のおそれがあるから逮捕したと言うとるでしょうが、最初から。」/被告人「じゃあ、僕を逮捕した理由は、逃走のおそれがあることだけですか。」/瀬下証人「そうです。」(同23頁)
 このやりとりは、今回の現行犯逮捕の理由となったのが、住居不詳の要件によるものではないことを、はっきりと示している。しかしそもそも、逮捕の必要性を検討する要件の中に、なぜ「住居が明らかでないこと」という条件が含まれているのだろうか?それは出頭要請の際に、確実に召喚状が被疑者のもとに送付されることを確保するためなのではないのだろうか。部屋番号云々の話も、単に免許証記載の住所に部屋番号が記されていないことを聞かれただけなのであって、被告人がことさら部屋番号を秘匿した、というような事実も存在しない。だとすれば、今回の一連の裁判の過程で、公判関係の書類が全て吉田寮宛(当然、部屋番号の記載はない)で発送されたにも関わらず、それが被告人のもとに無事に送達されている、という事実のみをとってみても、被告人の住居が明らかでなかった、とする原判決の事実認定は誤りを含むものと言わざるを得ない。
 さらには、「罪証隠滅のおそれ」という要件はどうだろうか。原判決は、「証拠を隠滅するおそれがある」として逮捕した手続きに違法はない(10頁)としたが、今回のような、たった1枚のビラ貼りという軽微かつ単純極まりない事件で、いったいどのような罪証隠滅が可能であるというのだろうか。意味が良く分からない。原判決が、具体的にどのような証拠隠滅のおそれがあったかについて一言も触れていないのは、およそ不可解としか言いようがない。
 最後に、原判決は、「同証人(=瀬下証人)及び応援にかけつけた警察官らによる任意の犯行現場確認及び約45分間にもわたる警察署への同道を求める説得にも応じなかったこと」(10頁)を挙げ、「以上のような状況から同証人は、任意捜査には限界があると感じて現行犯人逮捕したという事実を認めることができる」(同)としているが、そもそも被告人が任意捜査への協力をを拒み続けたという事実認定に誤りがある、ということは既に述べた通りである。それにそもそも、任意捜査に限界があると感じれば現行犯逮捕しても良いのであろうか?これも全くおかしな話である。言うまでもなく、任意捜査は任意捜査なのであって、一般に被疑者は、逮捕されない限りはその出頭を拒むことができるのである(刑事訴訟法198条1項但書)。
 よって、以上詳述したように、上記(1)〜(7)の理由から、今回の現行犯逮捕は明白に違法であった、と結論することができるだろう。

 次に、38時間に及ぶ留置の継続が、刑事訴訟法203条1項に反している、という点について述べる。言うまでもなく同条項は、「留置の必要がないと思料するするときは直ちにこれを釈放し」なければならない、と定めているが、ここで各証拠によって事実関係を時系列に沿って整理してみると、まず被告人がビラ貼りを行ったのが7月1日午前1時57分、川端警察署に引致されたのが午前3時2分、直後から午前6時30分までかけて堀江警部補が供述調書(乙3号証)を作成している。その後10時56分から指紋採取・写真撮影が行われ、引き続き実況見分が行われた。さらに午後1時15分から4時5分にかけては、藤野・上柳両氏による取調べが行われている(乙2・4号証)。被告人は翌日2日に検察庁へ身柄を送致され、検察官の取調べを受けた後(乙5号証)、午後5時頃に略式命令により罰金7万円を支払い、釈放された。身柄の拘束時間は約38時間である。
 ところで、この経過を見ていると、これらの捜査全てが、なぜ強制的な身体の拘束を必要とするのかが良く分からない。調書の作成も、実況見分も、その都度、被疑者に出頭を要請すれば済む話である。逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもなかったのであれば、何もわざわざ留置しなければならない必要性など皆無ではないだろうか。また特に、警察段階での取調べは、7月1日午後4時5分の時点で完全に終了しているのである。なぜこの後に、被疑者をわざわざ一泊させ、さらに25時間も留置を継続する必要があったのであろうか。完全な違法ではないだろうか。(あるいは1日午前6時30分の時点でも、被告人は釈放を強く要求したが断られている。第5回公判被告人提出「陳述書」参照のこと。)第4回公判において、藤野克義証人は、この点について以下のように証言している。
 被告人「なぜ、留置する必要があったと思ったんですか。」/藤野証人「えっ。」/被告人「4時に終わりましたよね。」/藤野証人「はい。」/被告人「そこで、釈放する可能性もあったわけですよね。」/藤野証人「はい。」/被告人「でも、敢えて留置を続けたわけですよね、事実としては。」/被告人「身元がはっきりしていなかった…違いますか。」/被告人「身元についての調査は、どうやって行ったんですか。」/藤野証人「その後、まだ住んでいるかどうかというのは、分かりませんでしたので、そのまま、すぐ釈放というわけには、いかないと思いますけど。」(第4回公判速記録25頁)
 すなわち、被告人が当時、吉田寮に居住していたか否かがはっきりしていなかったのでそのまま留置を継続した、というのである。もしこの証言が真実であるとすれば、この後、被告人の住居について何らかの調査が行われて然るべきであっただろう。しかし証拠上、捜査当局がそのような捜査を行ったという事実は全く認められないのである。例えば瀬下証人は、捜査段階で吉田寮にも電話していないし、大学側に問い合わせもしていない、と明確に証言している(第3回公判速記録22-23頁)。また藤野証人は、京大に問い合わせをした、と一応証言しているが、その信用性は極めて疑わしいものである。
 被告人「分からなかったというのは、捜査は何を調べたんですか。」/藤野証人「えっ。」/被告人「つまり、僕が吉田寮に住んでいるかどうかについて、どういう具体的な捜査を行いましたか。」/藤野証人「向こうの京大のほうに、実際に住んでおりますか、という調査を出しました。回答は、回答できませんという回答をもらいました。」/被告人「それは、どちらからもらったんですか。」/藤野証人「吉田寮のほうからです、京大のほうからです。」/被告人「京大のほう、というのは。」/藤野証人「京大の…。」/被告人「京大の、どこから聞いたんですか。」/藤野証人「はぁ。」/被告人「例えば、学生部とか、いろんな学部とか。」/藤野証人「それは、覚えていませんけれども、回答をいただいたのは、間違いありません。」/被告人「どなたから、回答をいただいたんですか。」/藤野証人「…。」(第4回公判速記録26-27頁)
 捜査当局が大学側へ実際に問い合わせをしたのは、公判が始まってから後、9月22日になってからのことである(甲10号証)。したがって、逮捕から留置、釈放に至る一連のプロセスの中では、被告人が吉田寮に居住しているか否かという問題は、およそ採り上げられたことはないのである。だから、「住居不詳だから逮捕・留置した」という理由づけは、今回の件が正式裁判の場へ持ち込まれた際に、(おそらくは検察官が)違法の疑いが強い今回の逮捕・留置を、何としても正当化せんがために必死に考案した、後づけの理由にすぎないのではないか、と被告人は考えている。原判決について言えば、吉田寮の在寮者名簿に被告人の名前が掲載されていない事実(甲10号証)をもって、直ちに「被告人の住居が明らかでない」という結論を補強しているのはやや論理失当である。何となれば、被告人は吉田寮に「居候」として住み続けている、と供述しているのであり、だとすれば甲10号証は必ずしも被告人が吉田寮に「住んでいないこと」を証明したことにはならないからである。たとえ学籍が切れたとしても、被告人は1997年以来、吉田寮を本拠として生活し、さらには社会生活を営む上での全ての住所を吉田寮に置き続けているのである。(このことは免許証(甲8号証)、戸籍謄本(甲1号証)、理学部への捜査照会回答書(甲12号)等の証拠からも窺われる。これは端的に、「住んでいる」とは言えないのだろうか?)
 したがって、約38時間にもわたって留置を継続した今回の捜査については、その手続きにおいて重大な違法が存在すると言わざるを得ない。このような点に何ひとつ言及することなく、「その後の捜査にも違法と認められる事実はない」(10頁)のただ一言で済ませた原判決は、まことに粗雑極まりないものであって、被告人は到底これを承服することはできない。

 最後に一点だけ述べておきたい。今回のビラ貼り事件をめぐる逮捕・留置について、被告人がいちばん問題だと思うのは、とりわけ軽微な事件において、逮捕や勾留がいわば刑罰の代わりとして恣意的に利用されているのではないか、ということである。近年、全国各地において微罪による逮捕が相次いでいるが、構成要件該当行為のうち、罰則に処せられるべきものとそうでないものが、運用上、現場の警察官の裁量に全面的に委ねられている、という状況こそが何よりも問題であると思われる。今回のケースでも、「逮捕や留置の必要がないときにはこれを行ってはならない」などという発想そのものが、そもそも警察の中になかったのではないか、としか言いようがない。というのも、ここでは逮捕や留置それ自体が、もはや「懲罰」以外の何物でもないからである。このことは、第3回公判における瀬下証人の証言からも窺われる。
 被告人「つまり、僕の返答次第で状況は変わったかもしれないということですか。」/瀬下証人「おたくさんの態度次第でしょう。最初から任捜に全然協力する態度じゃなかったでしょう。」/被告人「ということは、僕が協力するか協力しないかによって、その後の結果に変化があったとおっしゃるわけですか。」/瀬下証人「それもありますわなあ。」(速記録20頁)
 瀬下証人「おたくさんが、初めから、すいませんでしたと、最初、私が1枚ビラを現認して、次、はろうとしてるときに、止めまして、そのときに、すいませんでしたということになって、協力してたんであれば、また違った対応ができたんとちゃいますか。」(同21頁)
 このやりとりからは、被告人の態度如何では、逮捕や留置には至らなかったであろう可能性が示唆されている。このような率直な発言は、警察官が自らの権力発動の恣意性について、全く無自覚であることを物語っていて極めて興味深い。しかし国家権力の発動、強制的な命令は、いかなる意味においても恣意的であってはならず、つねに一般的・抽象的かつ予測可能なものでなければならない、とするのが憲法の理念たる「法の支配」の大原則であろう。軽犯罪法や屋外広告物条例による検挙の多くが、特定の政治思想を持つ者を狙い撃ちにしているのではないか、という疑いは多くの事例からも容易に窺われるのである。被告人の行為は、決して特定の政治思想を表明するものではなく、単なる盆踊りを案内するビラであったが、そうであればこそなおさら、このようなビラを貼った者に国家権力が制裁を加えること、端的に言って「弾圧」することは、不当な人権侵害であることをまぬがれないと思われる。控訴審においては、このような警察官の恣意的裁量を今後コントロールするという意味でも、今回の逮捕・留置が違法であった、という判断を是非とも示して頂きたい。そして法というもの、司法というものにまだ最後の希望を託しても良いのだ、というささやかな信頼を市民に取り戻して頂きたい。被告人が希望するのはただそれだけである。

以上
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